A Life with Volkswagen
50年前のバスで“手仕事”巡りを楽しんでいる

入江 都さん、正隆さんご夫妻
1971 VW トランスポーター“タイプ2 レイトバス”

1971 VOLKSWAGEN Type2 Transporter “Late bus”

文・金子浩久
撮影・田丸瑞穂

クルマの可愛さは大事ですね

 フォルクスワーゲンの「タイプ1ビートル」は、空冷水平対向4気筒エンジンをリアに搭載するという優れた基本構造を活用して、さまざまな派生モデルを生み出した。
 その中でも、タイプ2と呼ばれるトランスポーターは現在でも人気が高い。ワンボックスタイプのボディを持ち、バスやバン、中にはピックアップトラックのような珍しいものにまで仕立て上げられ、バリエーションがたくさん存在している。
 神奈川県在住の入江 都さん、正隆さん夫妻は、タイプ2バスに乗って5年が経つ。愛好家たちの間で「レイトバス」と呼ばれている、第2世代となる1971年型だ。ちなみに、それに対して第1世代は「アーリーバス」と呼ばれているそうだ。

 都さんは、SNSにタイプ2バスのことを画像付きで投稿する際に、「レイトくん」と愛称で呼んでいる。画像のアングルや写す部分などにも、好きで好きで仕方がない感じがこちらに伝わってきている。
 投稿に見入ってしまうのは、クルマそのものだけでなく、タイプ2バスを題材とした刺繍や金属製マグカップへのイラスト印刷などから始まって、型を作ってクッキーまで焼いていることが伝わってくるからだ。
 投稿されていた湖のそばのレストランで待ち合わせて、タイプ2バスと一緒に見せてもらうことにした。

 当日は、あいにくと早朝から小雨がパラつき、雲が低かった。でも、その天気がタイプ2バスのボディカラーを引き立てていた。オフホワイトのトップに、少しグレーが混じったようなブルーがしっとりと露に濡れながら佇んでいた。降りてきたふたりはお揃いの雨天時用ブーツを履いて、お洒落な出で立ちだった。

 挨拶もそこそこにタイプ2バスを見せてもらう。50年前のクルマにしては、とてもキレイだ。ワンボックス型のボディだけれども、ボディの四隅や窓ガラスの端々などの角が丸められ、屋根も前後左右方向に大きく弧を描いており、正面の丸いヘッドライトとVWマークなどと相まって、優しく柔らかな印象を受ける。
「丸いヘッドライトのクルマが好きなんです」
 以前にオープンカーに乗りたくなって選んだのは、ヘッドライトの丸いフォルクスワーゲン・ニュービートルだった。
「クルマを選ぶ際に、見た目の可愛さは大事ですね」
 タイプ2バスを購入する前には、ブラジルVW製の「T2 KOMBI」というバスを探していた。年代が新しい分、故障も少ないのではと考えていたが、なかなか見付からなかった。

「タイプ2バスぐらい古い方が構造がシンプルで、素材も良く、品質も高いのでかえってトラブルは少ないかもしれませんよ」という知り合いからのアドバイスにも耳を傾けた。
 Dピラーに三日月状の空気取り入れ口があるのは、そのほぼ真下にあるエンジンへ空気を送り込むためだ。テールゲートの下にあるエンジンハッチを開けると、こちらもキレイなエンジンが顔を出した。
「真ん中あたりに見えるディストリビューターを、ポイントレスタイプのものに交換するかもしれません」

 正隆さんが指を指しながら教えてくれたのは、ディストリビューターの不調でエンジンが掛からなくなってしまったことがあったからだ。トラックに乗せられたところの画像を見せてくれた。
「パーツは手に入るので心配ありません」
 走行中に2速ギアが抜けて入らなくなってしまったこともあった。この時も、リビルド品のトランスミッションと交換して対処できた。

 もう一台持っている別のクルマはエンジン不調で、もう9か月も工場に入っている。
「急かして良くないですから、気長に待っています。ハハハハハハッ」
 正隆さんはスクーターやバイクも好きで、一時は大型のリッターバイクに乗っていたが、いま乗っているのは1970年代のカリスマ的な人気を持つロードスポーツバイク。メカには詳しい。

 夫婦ともに平日はそれぞれの仕事をしているので、タイプ2バスに乗るのは休日に限られる。それでも、年間に5000kmぐらいは走る。行き先は様々で、遠くに出掛けることもあれば、好きな国道134号で湘南の海沿いを流すこともある。
「両親と長男を乗せる時は、広い車内で助かっています」
 サイドドアを開けてもらうと、車内は本当に広い。2列のシートは前後に向き合っていて、1列はそれぞれ横に3人掛けられるぐらいのスペースがある。昔のクルマは車内寸法のほとんどを居住空間に割り当てることができるからだろう。

 それにも加えて広く見えるのは、シートに敷かれたラグやクッションなどが素敵で眼を奪われてしまうからだ。キリムやギャッペという中央アジアで織られたものだ。クルマというよりも、入江さんの家のリビングルームにお邪魔しているようだ。
「熊が好きなんですよ」
 大きな2匹の熊の縫いぐるみはシュタイフ製。縫いぐるみの下の黒いスーツケースやその下の年代物の木の箱、隣のカゴバッグなど、ほとんどナチュラル素材のものばかりだ。まるで、インテリアスタイリストがコーディネイトしたかのようにテイストが揃っている。

「このクルマが造られた年代に、なるべく近いものならば合うのではないかと思いまして」
 見事なものだ。
 見事と言えば、最後列のシートの右上辺りの天井の端に、タイプ2バスを模したフェルトを切り合わせたワッペンが貼ってある。都さんが作った“レイトくん”だ。
「内張りが剥がれてきたので、作って隠しました」
 SNSにアップされていたのは、これだったのか!?
「ええ」
 ボディカラーといい、丸みを帯びたシェイプといい、うまく特徴を表している。

クルマを通じて誰かと気持ちが通じ合える

 このクルマでどこかに出掛けた時にそうしているように、シートとシートの間に折り畳みテーブルを広げてもらった。その上に、他の刺繍やマグカップ、クッキーなどを見せてもらった。
 マグカップは金属製のカップに都さんが描いた下絵をプリントしたもの。骨董市で開催されていたモノづくりワークショップに参加した際に作った。

 

 お湯を沸かしている間にコーヒー豆を挽いて、テーブルをセットする。カップや皿もファイヤーキングというアメリカのアンティークだ。お湯の注ぎ口にクリップのようなものを挟んでいるのは、コーヒーを美味しく淹れるために、お湯が少しづつ流れるようにするもので、なんとチタニウム製だという。個人の製作者がいて、注文して作ってもらった。 
 休日に、自然の中にタイプ2バスを停めて、ゆっくりとコーヒーを淹れて飲む。最高じゃないですか!
「湘南には好きなお店が何軒かあるのですが、この1年間はコロナ禍で訪れるのを遠慮していました。テイクアウトを行っているお店でランチを買って、空いている駐車場で食べて帰ってくるような楽しみ方ぐらいしかできなかったのが残念でしたね」

 愛用しているヤマブドウのツルで編んだカゴバッグを注文しに製作者を長野まで訪ねたような旅も早く再開できることを願っている。コーヒー用注ぎ口もカゴバッグも、出来合いの既製品ではない。好みや大きさなど、こちらの意向を伝え、製作者の都合を聞き、やり取りした末に購入したものだ。

「手作りのものや人の手が掛かったものに惹かれます」
 カゴバッグの製作などは、製作者が梅雨の時期に山奥で自生しているヤマブドウの木からツルを剥いでくるところから始まる手間と時間が掛かったものなのだ。ふたつ持っていて、最初に買ったものは表面とハンドル部分の色が濃くなっている。
「使っていると少しづつ表面に、こうした艶が出てきて経年変化を楽しめるところが良いですね」

 入江さんのタイプ2バスには、そうした手作りのものがたくさん載せられている。入江さんらしいのは、商品として購入したものもあれば、知り合いが作ってプレゼントしてくれたものもあるところだ。
 テールゲイトに貼られている“THE LATE FACE”という大ぶりのステッカーは有名アウトドア用品メーカーのロゴデザインを引用しながら入江さんの“レイトくん”をナンバーまで再現して作ってくれた。
「インスタグラムを通じた友人が作ってくれました」
 修理中のもう一台のクルマを描いた切り絵も、都さんがインスタグラムにアップした画像をもとに切り絵作家さんが作って送ってくれた。きっと、入江さん夫妻もその人たちに何か贈り物をしているのだろう。インスタグラムという現代的な情報ツールを用いて、人と知り合い、交流して、バーチャルではなく実体のあるものをやり取りしている。

 人の手が掛かったものが好きだというが、好みが通じる人へ共感を寄せ、何かのモノを作り上げていくことを楽しんでいる。モノそのものへの関心も高いのだけれども、人とのやり取りとそのプロセスも、また好きなのではないか。それはタイプ2バスにも通じていると思った。
「このクルマに乗っていて楽しいのは、走っていると小さな子供が指を指して喜んでくれるところですね。あと、同じクルマと擦れ違うと、必ず手を振り合えるのもうれしい」
 クルマを通じて誰かと気持ちを通じ合えるのは素晴らしい。二人は、ハロウィーンやクリスマスが近付くと、タイプ2バスのボディサイドにステッカーを貼っている。子供たちが喜んでくれるからだ。
「子供たちに喜んでもらいたいですけれど、自分たちが一番楽しんでいるのかもしれませんね。フフフフフフッ」

「クラッチとハンドルが重いので、それらが苦にならなくなるまで乗り続けたいですね」
 それは、ずい分と先のことでしょう!
 50年も前のクルマに乗る人というのは、いわゆるカーマニアと呼ばれる、クルマそのものに熱中するタイプの人々が多い。しかし、入江さん夫妻は違っていて、タイプ2バスを愛好しながらも、自分たちの好みやセンスを楽しみながらクルマに乗っている。クルマがライフスタイルの一部となっているから、とても素敵に映るのだろう。

 雨が上がって、夫妻と再開を約束して別れた。バタバタバタッという特徴的な排気音を残して、レイトくんは走り去っていった。

取材・執筆
金子浩久

モータリングライター。1961年、東京生まれ。
クルマを、社会や人間とともにあるものとして取材活動を行っている。
代表作「10年10万キロストーリー」は、一台のクルマに10年もしくは、10万キロ以上乗り続けた人を訪ね、人とクルマが織りなす物語を記録した、インタービューノンフィクション。主な著書に「セナと日本人」、「地球自動車旅行」「ユーラシア横断1万5000キロ」などがある。


写真
田丸 瑞穂

フォトグラファー。1965年広島県庄原市生まれ。スタジオでのスチルフォトをメインとして活動。ジュエリーなどの小物から航空機まで撮影対象は幅広い。また、クライミングで培った経験を生かし厳しい環境下でのアウトドア撮影も得意とする。